変わりたいけど変われない・・・
そう悩んだことはありませんか?
コーチングセッションでもよく取り上げられるテーマです。
以前の私もそうでした。
初めてコーチのセッションを受けた時、
「変わりたいと思って行動しても、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようで、空回りしている感じがする」
ということを話したことを覚えています。
なんで私はこうなんだろう、と
自分で自分を見下していたあの気落ちは
思い出すだけでも苦しくなります。
でも、今ならわかるのです。
変わりたいけど変われないのは、決して私やあなたが悪い
ということではないということを。
そこには思考や行動を麻痺させるブレーキや、
自覚していないけど心の底で持っている願いがあるのです。
ここでは、変われない理由やそこに隠された本音をお伝えしていきます。
変われない自分を責めるのは、今日で終わりにしませんか。

変われないことを、甘えのせいにしていませんか?
変わりたいけど変われない自分、
その自分を嫌い、ダメ、甘えだと責める人もいますよね。
特に、私たち昭和世代の多くは
がんばることがいいことだ、という思い込みを
無意識のうちに刷り込まれてきました。
そのため、達成できないのは、
努力が足りないからという目で
自分や他人を見てしまいがちです。
私の例でいうと、「巨人の星」や「アタックNo. 1」など
スポコンアニメの影響が強くあります。
大リーグボール養成ギブスをつけた星飛雄馬や
容赦なく飛んでくるボールを打ち返し続ける鮎原こずえの姿。
♪苦しくったって〜 悲しくったって〜♪
のメロディーが脳内で再生され、
歯を食いしばってがんばる自分に
彼らの姿を重ねることもありました。
だから、できるはずなのにできないこと、
変わりたいと思うのに変わっていないことは
努力や行動が足りない、自分への甘えのせいだ
と心の中で鞭打っていたこともありました。
当時を振り返ると、
なんて自分に可哀想なことをしていたんだ、
と思うばかりです。
人間は一人一人が違う個性を持っています。
誰だって得手不得手はありますし
興味・関心の対象もそれぞれです。
できない理由も変われない理由もあるのです。
甘えや努力不足のせいではないのです。
もし、今あなたが自分のことを
そのように見ているのであれば、
そうじゃない、と見方を変えてあげましょう。
そのためにも
変われない本当の理由とは?について
次に書いていきます。

変われない本当の理由は?
「変わりたい」のに「変われない」本当の理由は、
ずばり、
「変わったらヤバい!」と脳が信じ込んでいるからです。
ホメオスタシスという言葉をご存知ですか?
生き物が根源的に備えている能力で、
外部環境が変化しても体温や体液成分などの体内環境を
常に一定した安定の状態に保とうとするものです。
このおかげで、私たちは酷暑でも厳寒の地でも
周囲に左右されず体内の状態を一定に保ち
生きていくことができます。
心理面においても、現状を変えようとすると
現状維持バイアスと言われるものが働きます。
これも、安心安全な環境や
自分に合った行動パターンを維持したい、と
無意識に現状維持を選択してしまうというものです。
「変わったらヤバい」
「変わるな、変えるな」
と脳が信じ込んでいたら、
思考も行動も変わらないようにするので
結果、変わらない現実が作られていくのです。
これは根性論ではどうにもならないことなのです。
私が教員時代、
変われないと思い込んでいた大きな理由は、
変わることへの恐怖があったからなのです。
教員は大変な仕事ではありますが、
社会的な信頼や安定した身分や収入が保証されている職業です。
また、生徒、同僚、保護者、地域関係者など
多くの目にもさらされています。
その中で、何かを変える、というのは
大きなリスクも伴いますし、
周囲の目も気になるものです。
私も「教員」という身分を手放したら何も残らないのではないか?と
しがみつきたくなる気持ちがありました。
変わりたい、という思いが強くても、
変わったらどうなるんだろう?という不安が
それを上回ると、
結局は変わらない方向へ、、と動いてしまうのです。
もし、あなたが変われないと悩んでいるのなら、
変わってしまったらどうなるのか?
そこに何か不安や恐れはないだろうか?
ということも考えてみてください。
変われないのは甘えでも努力不足でもなくて、
不安や恐怖から身を守る脳の仕組みのせいなのです。

変われないと思うのは、本当は変わりたいから
変わりたいけど変われないのは
甘えでも努力不足でもない、
脳の仕組み、自己防衛本能の1つで
変わったらヤバいから変えないように
思考や行動をコントロールしているのだということを
今まで書いてきました。
それでもなおかつ、変われない、、と悩みがあるとしたら
変わることへの不安や恐怖を感じてはいるものの、
それでも「本当は変わりたい」という欲求を
強く持っているから、と言えます。
つまり、
自己防衛のために「変わらないように」と
強くブレーキをかけているということは
そのブレーキを強めさせるほどの
「変わりたい」というエネルギーも高まっている
ということです。
ビーチボールを思い浮かべてください。
空気が入っていない、もしくは少ないビーチボールを
両手で押してもほとんど手応えはなくペシャンとなるでしょう。
でも、その中に空気がどんどん入ってくると、
押せば押すほどに中から空気が同じくらいの強さで
押し返してきますよね。
これと同じなんです。
あなたの中に「変わりたい」という気持ちが
強まるほどに、
それを変えさせまいとするブレーキが強くなるのです。
変わりたいのに変われない、、この息苦しさはそこから生じます。
だから、今あなたがこのままの状況でいることに
「変われない」と苦しく思うのなら
それだけ「変わりたい」という気持ちが強まっていると考えられますし、
まさに「変わるべき」タイミングに立っているのかもしれません。

変われない自分も責めないで受け入れる
変わりたいのに変われない、
そう思っている方の中には
実際に行動が踏み出せないという方もいれば
行動しているのに変わってる気がしないという方もいます。
表れ方は違いますが、
ジレンマや焦燥感など抱える足止め感は共通していると感じています。
さらには、そういう自分に対する
自分責めや自己否定に発展するということもあるでしょう。
私はどちらかというと、
後者の行動してるのに現実は何も変わったように思えない
というタイプでした。
だから、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるという
感覚に常に苛まれていたのだと思います。
そして、すごく進んでいるように思える人と
停滞している自分を比べて、
「どうせ私には無理なのかもしれない、、、」と
チクチクと自分をいじめていました。
そんな私が、「変わる」方向にググッと踏み出せたのは、
「変わりたいのに変われない私」を
責めも否定もやめて、一旦受け止め、
自分と向き合ったからです。
その理由や本当の思いを解きほぐすにつれ、
「ちゃんとやらなきゃ」というプチ完璧主義や、
「〜〜すべき」という根強い義務感・責任感、
そしてやっぱりというか、
「変わらない方が安心」という
隠れた本音もあったことに気がつきました。
そんな経験をしたからこぞ、
もし、本当に変わりたいと願うのなら
変われない自分が情けない、嫌いと
自分を責めるよりも
その変われない自分を責めずに受け入れることがとっても大事、
と私は思っているのです。

変われないモヤモヤ、ブレーキに気づくと楽になる
変わりたいけど変われない、と
自分を責めたり嫌いにならず
そんな自分を受け入れてねと書きました。
なぜそれをおすすめするというと
自分の思考や行動を留めているものの正体がわかるからです。
繰り返しになりますが
「甘え」や「努力不足」ではない、
「そうならざるを得ない理由」があります。
なぜ変われなかったのかがわかると
変われない自分ではなくて
変われない理由にフォーカスすることができ
自分を責めることなく、その理由を解消する、
そして、本当はどうしたいを掘り起こしていくことができます。
何よりも、わかることで気持ちが楽になるのです。
私も、ずっと自分を責めていたのですが、
ブレーキの正体が、隠れた本音「変わらない方が安心」
とわかったことで、自分を責めなくてよくなりました。
そして、変わっても安心、と思えるように
懸念事項に取り組み、
本当はどうしたい?を明確にすることができました。
但し、このプロセスは私一人では無理でした。
寄り添いと客観的な視点を持つ、コーチの伴走があって、
変われないブレーキを罪悪感なく外していくことができました。

「自分一人の頑張り」を卒業して、自分HAPPYな人生へ
変わりたいのに、どうしてもブレーキがかかってしまう。
そんな時、一番辛いのは
「どうして私は、みんなができることができないんだろう」
と、自分を責めてしまうことです。
でも、もう自分に鞭を打つのは終わりにしませんか?
これまで必死に走ってきたあなたに必要なのは、
さらなる努力ではなく、
心を縛っているブレーキをそっと外してあげること。
「私のブレーキの正体は何?」
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